第六回 『 蝉 』
毎年七月も半ばになり梅雨も明けると、俄然我が家の庭が騒々しくなる。数十匹の蝉が一斉に発生し、合唱をしだすのだ。 早朝注意して聴いていると六時頃から一匹の蝉が「ミー」と鳴き出せば、次々に他の蝉が目を覚ますのか、二匹・三匹と鳴き声が増え、五分と経たないうちに大合唱が始まる。最初に鳴き出した蝉がボスなのか、それとも単に一番の早起きなのかは定かでない。
蝉は陽もとっぷりと暮れた、九時頃から地中より這い出てくる。弱弱しく這って近場の草木を探し出しては、登っていく。 見るからに弱弱しくよたよたしている。
「おい・大丈夫か?」と、声をかけたくなるほどに。最適な羽化の場所を探しているのか、苦労して登った草木を惜しげもなく逆戻りする。ひょっとして私に見られているのを警戒して羽化をしないのか?「ゴメン」と小声でつぶやき少し遠ざかって観ていると、やっと動きを止め羽化が始まった。
幼虫が地中より這い出して羽化するまで一時間はかかったと思われるが、酒を飲みながらの観察だったので深酒気味で、かかった時間も定でない。
抜け殻から蝉が動き出すまで、さらに一時間ほどかかったような気がする。殻からでたすぐは、成虫のような硬さは感じられず、羽根に至っては少しよじれているようにも見える。
我が家の庭で見る蝉は、蝉の仲間で最大のクマゼミがほとんどで、アブラゼミとニイニイゼミをたまに見かける。七月も終わりに近付いた頃、ニイニイゼミが桜の木に留っているのを見つけた。一見すると桜の木肌に透け込んでいて、ちょっと目には解りません。感心して観ていると、左羽根を少し浮かして左真横におしっこです。瞬く間の出来事ですが、ニイニイゼミの羽根はクマゼミのように透けていないので、胴体のどこからおしっこが出ているのか解りません。想像では胴体の先端をくの字に曲げ、自分の羽根を濡らさぬように少し浮かして、真下ではなく真横におしっこです。留っている木にも掛けたくなかったのか・・?
八月も終わりの頃日暇にまかせて、庭の木に留っている蝉と、抜け殻と蝉の死骸を丹念に数えた所。 蝉二十六匹、抜け殻十四個、死骸一匹。
抜け殻は風雨に流されたとしても少なすぎるし、死骸に至っては一番数多くあってもよさそうなものだが? 我が家の前は千坪程の公園があり、雀・カラス・鳩・季節によっては鶯やメジロなど多くの野鳥が遊びにやって来て飛び交っているが、鳥が蝉を食べているのをいまだかって目撃した事が無い。いや、まて、蝉処理候補がいた。
我が家で飼っているわけではないのだが、自由気ままに庭を徘徊している猫がいる。猫は生きている昆虫を弄ぶのを見かけたことはあるが、食べるのか? まてまて、木に留っている蝉を猫が捕まえることが出来るのか?
ある日公園で見かけたのだが、一匹の蝉が「ヂーヂー」と鳴きながら舞い落ちてきた、あとを追っかけるように一羽のカラスがどこからともなく飛んできて、蝉を銜えるや否や「爺―爺―」蝉の鳴き声を残し飛び去って行った。蝉が私に助けを求めているようにも聞こえたが、気のせいだろうか。が、蝉の死骸の少なさの謎が解けたような気がする。
我が家に数本の木が植わっているが、蝉の留っている木はいつも決まっている訳ではない。大木でもない木に十数匹の蝉が留っているが、群れる木は日替わりである。ボス蝉が今日はこの木に留れと命令を駆けているのだろうか?だが、人間社会でも見かけるように、一匹だけ離れた木で鳴く蝉も見かける。
数センチ間隔で留って連なっている蝉の交尾をいまだ見かけたことが無い、蝉の交尾は秒単位に短いのか? 蝉を捕まえた時に、水滴を手に掛けられる事があるが、もしやこれっておしっこじゃなくて精子では?
オス蝉はいつでも射精できる、一触即発、射精態勢をとっており瞬時に交尾を終えてしまう。だから蝉の交尾を観ることができないのではないか。
蝉の交尾をみかけない謎は解決しないままだが、雌雄共水滴を飛ばすことは判明した。交尾だけに未解明がいいのかも知れない。 が、これを読まれた方、妻以外との交尾は気を付けてください。蝉のごとく、誰様にも気付かれぬことをお祈りいたします。
2013年9月 田邊 父朗
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